巡礼の御利益

そもそも修験関係の僧侶や山伏が修行として行なっていた西国巡礼は一般民衆とは無縁のことであると思われる。一般民衆が巡礼に参加するようなったきっかけとして、巡礼案内書や西国三十三所観音霊場寺院が説いた西国巡礼の御利益が巡礼者を誘致したと考えられる。江戸中期の巡礼案内書『西国順禮細見記』に西国巡礼の御利益として、
順礼十種の徳
◯一ツニハ三あくどうにまよハず
◯二ツニハりんじう正念なるべし
◯三ツニハ順礼する人の家にハ佛 ゑうがうあるべし
◯四ツニハ六くハんをんのぼん字ひたいにすハるべし
◯五ツニハふくちゑんまんなるべし
◯六ツニハ子孫はんじやうすべし
◯七ツニハ一生の間僧くようにあたるなり
◯八ツニハふだらくせかいに生ず
◯九ツニハかならずじやうどにわうじやうす
◯十ツニハしよぐハん成就する也

とある。中山寺文書の『西国縁起』にも

順礼の功徳広大なるゆへに。十徳をあげて
一ニハ三悪道にまよわず
二ニハりんじう正念なるべし
三ニハ順礼せし人の家ニハ諸仏影向す
四ニハ六観音の梵字額 にすハるなり
五ニハ福智円満なるべし
六ニハ子孫繁昌すべし
七ニハ一生さいなん来らず
八ニハ補陀落世界にあそぶ
九ニハかならず浄土に往生す
十ニハ一切諸願成就満足す

と、ほとんど同様な巡礼の功徳が記されている。巡礼者の家には常に観音様と諸仏の加護あり、代々子孫繁昌で絶えることがないと保証される、巡礼した人は生存する間に悪事災難がなく、どんな願いも叶えられる、死亡した後も地獄・餓鬼・畜生という三悪道に堕ちることはなく、必ず極楽浄土に生まれ変わり、観音が坐す補陀落浄土へも行けると約束する、という。徳道上人の冥界訪問譚にしても花山院の巡礼中興譚にしても西国巡礼の縁起物で強調している「地獄に堕ちることなく、必ず極楽浄土に往生できる」という閻魔王の承諾のみならず、巡礼した人自身の現世の幸福も家の代々繁昌も約束される。これは平安末期から貴族と公家を中心として盛行してきた浄土信仰と中近世における現世利益を重視する庶民信仰の集大成的広告文と言えるであろう。このような「順礼の十種の徳」は極楽往生を志願する人に対しても、現世の多福を求める人に対しても西国巡礼を勧誘しようとする意欲を示しているのではないかと考えられる。

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