行尊の巡礼ルート

そろそろ3周目のことを考えなければならないが、行尊の巡礼ルートを歩こうと思う。

行尊とは、
wikipediaによれば、

父は参議源基平。園城寺(三井寺)の明尊の下で出家、頼豪から密教を学び、覚円から灌頂を受けた。1070年(延久2年)頃より大峰山・葛城山・熊野などで修行し、修験者として知られた。
1116年(永久4年)、2代熊野三山検校に補任。熊野と大峰を結ぶ峰入りの作法としての順峰(熊野本宮から大峰・吉野へ抜ける行程)選定をおこなったという。1107年(嘉承2年)5月法眼に叙せられる。また、同年12月鳥羽天皇即位に伴いその護持僧となり、加持祈祷によりしばしば霊験を現し、公家の崇敬も篤かった。のちに、園城寺の長吏に任じられ、1123年(保安4年)には天台座主となったが、延暦寺と園城寺との対立により6日で辞任している。1125年(天治2年)大僧正。崇福寺・円勝寺・天王寺(四天王寺)など諸寺の別当を歴任する一方、衰退した園城寺を復興した。
なお、鎌倉時代に編纂されたと推定される『寺門高僧記』に収められた行尊の「観音霊所三十三所巡礼記」は西国三十三所巡礼の確かな初見史料として高く評価されている。
歌人としても有名で、作品が小倉百人一首にも収録されている。また、『金葉和歌集』以下の勅撰和歌集に48首入首。歌集に『行尊大僧正集』がある。

行尊の巡礼ルートは、
一番が長谷寺、青岸渡寺まで覚忠ルートの逆打ち。
二番は岡寺
三番は壺阪寺
四番は粉河寺
五番は紀三井寺、から大辺路を通ったと思われる。
六番は青岸渡寺、から中辺路、小辺路を通って高野山に抜けたと思われる。
七番は施福寺、ここからは覚忠ルートと一緒。
八番は葛井寺
九番は総持寺
十番は勝尾寺
十一番は中山寺
十二番は播州清水寺
十三番は一乗寺
十四番は圓教寺
十五番は成相寺
十六番は松尾寺
十七番は宝厳寺
十八番は華厳寺
十九番は観音正寺
二十番は長命寺
二十一番は三井寺
二十二番は石山寺
二十三番は岩間寺
二十四番は上醍醐寺
二十五番は今熊野観音寺
二十六番は六波羅蜜寺
二十七番は清水寺
二十八番は六角堂
二十九番は行願寺
三十番は善峯寺
三十一番は穴太寺
三十二番は南円堂、ここが覚忠ルートと違う
三十三番は三室戸寺

となっている。

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