2016.10.6 JR京都線、向日町駅から歩き善峯寺を参拝、西山を越え、亀岡まで歩き、穴太寺を参拝させていただきました。
善峯寺まで歩いていたのですが、時間があったので、あの登りを、、(笑)
途中、サワガニが歩いていましたね。
覚忠ルートは三室戸寺が結願ですので穴太寺からは昔、愛宕山を参拝したものと思われます。なので穴太寺から三室戸寺までのルートは愛宕山経由とします。(笑)これは一番最後の日に歩く。
ところで、善峯寺では観音様、桂昌院様のお慈悲にすがり安産、子授け祈願をさせていただきました。(涙)
出立は7時36分。

行尊の巡礼ルート
そろそろ3周目のことを考えなければならないが、行尊の巡礼ルートを歩こうと思う。
行尊とは、
wikipediaによれば、
父は参議源基平。園城寺(三井寺)の明尊の下で出家、頼豪から密教を学び、覚円から灌頂を受けた。1070年(延久2年)頃より大峰山・葛城山・熊野などで修行し、修験者として知られた。
1116年(永久4年)、2代熊野三山検校に補任。熊野と大峰を結ぶ峰入りの作法としての順峰(熊野本宮から大峰・吉野へ抜ける行程)選定をおこなったという。1107年(嘉承2年)5月法眼に叙せられる。また、同年12月鳥羽天皇即位に伴いその護持僧となり、加持祈祷によりしばしば霊験を現し、公家の崇敬も篤かった。のちに、園城寺の長吏に任じられ、1123年(保安4年)には天台座主となったが、延暦寺と園城寺との対立により6日で辞任している。1125年(天治2年)大僧正。崇福寺・円勝寺・天王寺(四天王寺)など諸寺の別当を歴任する一方、衰退した園城寺を復興した。
なお、鎌倉時代に編纂されたと推定される『寺門高僧記』に収められた行尊の「観音霊所三十三所巡礼記」は西国三十三所巡礼の確かな初見史料として高く評価されている。
歌人としても有名で、作品が小倉百人一首にも収録されている。また、『金葉和歌集』以下の勅撰和歌集に48首入首。歌集に『行尊大僧正集』がある。
行尊の巡礼ルートは、
一番が長谷寺、青岸渡寺まで覚忠ルートの逆打ち。
二番は岡寺
三番は壺阪寺
四番は粉河寺
五番は紀三井寺、から大辺路を通ったと思われる。
六番は青岸渡寺、から中辺路、小辺路を通って高野山に抜けたと思われる。
七番は施福寺、ここからは覚忠ルートと一緒。
八番は葛井寺
九番は総持寺
十番は勝尾寺
十一番は中山寺
十二番は播州清水寺
十三番は一乗寺
十四番は圓教寺
十五番は成相寺
十六番は松尾寺
十七番は宝厳寺
十八番は華厳寺
十九番は観音正寺
二十番は長命寺
二十一番は三井寺
二十二番は石山寺
二十三番は岩間寺
二十四番は上醍醐寺
二十五番は今熊野観音寺
二十六番は六波羅蜜寺
二十七番は清水寺
二十八番は六角堂
二十九番は行願寺
三十番は善峯寺
三十一番は穴太寺
三十二番は南円堂、ここが覚忠ルートと違う
三十三番は三室戸寺
となっている。
掲示板を新しくしました
野宿出来そうな所など
西国三十三所を歩いて廻っているとどうしても野宿しなければならない時もある。
そのような時のためにここにまとめてみた。
立派な休憩所もあればただの東屋もある。
次からはこちらのページで随時追加していきます。
2016.9.16現在
野宿出来そうな施設がある場所。番号は札所の番号。
一番
大門坂駐車場休憩所トイレ自販機あり
石堂茶屋跡に東屋
桜峠茶屋跡に東屋
小口 赤木川の橋の近くに東屋トイレあり。
伏拝休憩所トイレあり
発心門休憩所トイレ自販機あり
三越峠休憩所トイレ自販機あり
近露に売店、少し上がると東屋
高原霧の里休憩所 自販機
滝尻王子に休憩所近くに売店あり
糸我峠を下りたところに東屋あり
蕪坂塔下王子休憩所トイレあり
地蔵峰寺 トイレ
二番
三番
定福寺 トイレ
四番
滝畑ダム東屋トイレ
日野バス停 トイレ
五番
竹内街道沿いに道の駅
六番
七番
八番
九番
十番
十一番
十二番
十三番
十四番
十五番から二十番京都市内
二十一番
二十二番
二十三番
二十四番
花山院近く千丈寺湖のまわり
二十五番
播州清水寺参道に東屋
二十六番
一乗寺から少し行った所の交差点左の地蔵堂
二十七番
与謝峠ロードパーク、東屋トイレ自販機
二十八番
天橋立東屋とトイレ沢山
二十九番
小浜から今津までの街道沿いに屋根付きトイレ付きバス停沢山あり
熊川宿や上藺生(かみゆう)バス停
三十番
琵琶湖湖畔には東屋沢山あり
三十二番
中山道沿いには東屋とトイレ随所にあり
三十三番
華厳寺バス停
鳥居本駅から能登川駅まで歩く。
9月1日、滋賀県の彦根近く、近江鉄道、鳥居本駅から能登川駅まで歩きました。これは平安時代の覚忠大僧正のルートで本ルートとは逆打ちとなります。
1周目はこちら。
青春18切符で彦根駅まで、近江鉄道に乗り換え、一駅で着きました、鳥居本駅。
11時10分出立!!
